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量子物性

不思議なDirac電子の振舞いを追及

そこにはわくわくするような謎がある!

物理学分野 佐々木実 元教授(平成27年3月退職)

私たち量子物性グループ(佐々木、大西彰正教授、北浦守准教授)は、物理学でも物質の性質を多岐にわたって研究する物性物理学分野に属しています。大西先生と北浦先生が主に光物性を、佐々木が輸送現象の研究をしています。後者の分野で最近注目されているのがDirac電子です。この電子は、質量がゼロあることに加えて固体中に必ず存在する不純物や欠陥によって散乱されないなどの奇妙な性質を持っていると考えられています。この特殊な電子は、いくつかの物質系でその存在が確認されていますが、質量ゼロを実証した実験報告はありません。また、散乱されないという性質に関しても、私たちの報告以外にありません。本当にDirac電子の質量はゼロなのかという難問が解決できたら物性物理学のみならず自然科学の分野で注目されるに違いありません。ごく最近ですが、私たちは、Dirac電子の質量に関するいくつかの知見を得つつあります。そのような、わくわくするような研究を私たちは行っています。 Dirac電子の詳細については、資料の1ページ目と2ページ目に書いています。また、最近の成果である磁場中でDirac電子がWeyl(ワイル)電子になるという面白い結果については、詳細資料の3ページ目に書いてあります。これこそが、量子物性グループの誇るべき成果です。

Dirac電子系の仲間たち


Dirac電子について

Dirac電子は21世紀に入って理論的に予想され、その存在が証明された電子の仲間です。と言いますか、電子そのものなのです。では、通常の電子と何が違うのでしょうか。理論的には、電子を記述する量子力学的な方程式が異なります。そのため、固体中でのこれらの電子の振舞いが違ってきます。通常の電子の場合は、その波数ベクトルをkとすると、電子のエネルギーEは、 E = ħ2k2/(2m*) (m*は電子の有効質量)と表され、図1に示すようなEとkの関係になります(これを分散関係といいます)。それに対して、Dirac電子は、波数kに対して図2に示すような直線の分散関係になります(その交点をDirac点と呼びます)。この関係は、光を量子化した光子の分散関係と同様です。

では、具体的にどのような点が違うのでしょうか。理論的に予想されている違いは、(1) Dirac電子は、光の速度である光速の1/300程度の高速で運動していること(Dirac電子の速度は、図2の分散関係の直線の傾きから求まります)、 (2) Dirac電子の質量はゼロであること、(3) 不純物や欠陥といったものにより散乱されないこと、(4) トポロジカル絶縁体では、Dirac電子は時計回りに自転しているアップスピン電子と反時計回りに自転しているダウンスピン電子(実際に自転しているわけではなく、そう考えると理解できる振舞いをしている)がお互いに反対方向に周回運動をしていることなどです。



Dirac電子の不思議な振舞いを解明

これらのDirac電子の不思議な振舞い(1)-(4)のうち、(1)は光電子分光法という手法で実証されています。また、(4)もこの方法で波数空間では実証されていますが、実空間でまだ実証されていません。もちろん(2)と(3)実証されていません。このようなチャレンジな研究に私たちは挑戦しています。

(2) Dirac電子は質量ゼロ?

これに関しては、現在投稿論文を準備中なので、ある物質系で得られた結果のみを紹介します。その結果を図3に示しています。ここでは、Dirac電子の有効質量m*をフェルミエネルギーEFに対してプロットしています。 測定したm*の最小値が6/1,000.000という小さなものでした。私たちの結果から、Dirac点以外ではDirac電子の質量は非常に小さいがゼロではなく、 Dirac点でのみゼロの質量が期待されます。さらに、この結果は、図2のバンド分散が実際には線形から少しずれて非線形になっていることを示唆しています。

(3) Dirac電子は散乱されない?

図4のように、通常の電子は不純物・欠陥・格子振動などによって散乱されるため、電気抵抗が生じます。応用を考えたとき、電子回路素子などの特性は、このような散乱が起こりにくければ起こりにくいほど良いため、高性能な電子回路素子ほど如何に散乱を押さえるかの工夫(例えば、不純物や欠陥を出来るだけ減らすなど)がなされています。そういう視点で考えると、散乱されないDirac電子を用いた電子回路素子は、夢の電子回路素子なのです。



では、散乱されないDirac電子はどうでしょう?それを模式的に示したのが図5です。両者の散乱の違いを論理電子回路素子の応答という視点で考えてみましょう。それが図6です。ここでは、パルス応答を考えています。素子の応答として、電圧が水平の下の赤線以下だとこの論理電子回路素子は”0”と認識し、水平の上の赤線までだと”1”と認識するとしましょう。そこで、素子に青のような超短パルス幅の単発矩形波パルスを印加します。通常の電子による応答を太黒線としましょう。この場合、素子は”1”と認識することはありません。それに対して、 Dirac電子は素早く応答し、その応答を太赤線としましょう。この場合、素子は”1”と認識し得ます。すなわち、 Dirac電子よりなる論理電子回路素子は超短パルス幅のパルス応答が可能で、超高周波論理電子回路素子となり得ます。これが、Dirac電子を用いた未来の夢の電子回路素子の考え方なのです。現在、最上段の“Dirac電子系の仲間たち”のところで示したグラフェンを用いた電子回路素子材料開発が盛んに行われているのはそのためなのですが、グラフェンはグラファイトの表面1層なので応用が難しく、人工的に基板の上に良質のグラフェン薄膜を作る研究がなされています。しかし、人工グラフェンは基板の影影響を強く受けるため、なかなか良いグラフェン薄膜が出来ません。その意味では、超高周波論理電子回路素子はまだまだ夢の素子なのです。



基板の影響を受けないという意味では、トポロジカル絶縁体は最良の物質です。最上段の“Dirac電子系の仲間たち”のところで示しているように、トポロジカル絶縁体の内部のバルクは通常の半導体であるのに対して、表面は、Dirac電子よりなる金属です。しかもこの金属は、内部のバルクの影響を受けません。また、グラフェン薄膜合成のような特殊な高度技術は必要としません。その意味では、トポロジカル絶縁体こそが夢の超高周波論理電子回路素子材料となり得る可能性を秘めています。ただ、残念ながら、現実はこのDirac電子系は数ヶ月という時間スケールで劣化していきます(空気酸化によると思われますが)ので、解決すべき問題はあります。

それはそれとして、トポロジカル絶縁体Bi2Te3で、Dirac電子が散乱されない(正確には、非常に散乱されにくい)という証拠を示したのが図7です。これは、液体ヘリウム温度の低温の4.2Kで測定した磁気抵抗の2次微分です。左図では、比較的弱磁場領域に磁場とともに振動するSondheimer振動(SO)と呼ばれるが、強磁場領域に磁場の逆数に対して振動するシュブニコフ-ド・ハース振動(SdH)が観測されます。それぞれの極大値を赤矢印と青矢印で示してあります。SO振動は、これまでは良質の金属薄膜でしか観測されていない現象です。それがトポロジカル絶縁体で観測されるということは、トポロジカル絶縁体Bi2Te3表面は内部のバルクとは完全に独立なDirac電子系となっているという証拠です(実際には、Dirac電子は不純物等で全く散乱されないというわけではありませんが、極めて散乱されにくい状態です)。一方、右図に示すように、SdHは50T付近まで振動が見られ、しかも点線の青矢印に示すようにきれいなSdHがスピン分裂しています。このような明瞭なスピン分裂が4.2Kで起こるということ自体非常に極めて起こりにくいことです。これも、散乱されにくいDirac電子系となっているという証拠です。


(4) Dirac電子のヘリカル性?

これに関しては、私たちは独自の手法でその存在を示していますが、その詳細はここでは省かせてもらいます。もし、詳細を知りたい方は、山形大学の総合スピン科学研究所のホームページにある「第2回総合スピンシンポジウム」の詳細内容をご覧下さい。

BiSb混晶系について

(5) ビスマスとその混晶系

ビスマス(Bi)は、代表的な半金属です。すなわち、ビスマス中には電子の他に電子と反対電荷をもつ正孔(電子の抜け殻とでも言える)が存在しています。それぞれのバンドを示したのが図8です(アンチモン濃度xがゼロのところ)。ここでは、電子のバンドは、曲率の小さな赤と青の曲線で示してあり、正孔のバンドは曲率の大きな曲線で示してあります。このビスマスにアンチモン(Sb)を少しずつ添加していくとアンチモンはビスマスにいくらでも溶け込み、混晶系という状態となります。特に、それに伴って、 電子バンドが大きく変化し、アンチモン濃度が3 %から4 %で、二つの電子バンドがくっつき(閉じ)、直線的なバンド分散を示します。言い換えると、 3次元的なDirac電子系が形成されるということになります。私たちは、この3次元Dirac電子系に注目しました。


3次元Dirac電子系の磁場中での不思議な振舞

(6) 低温で起こる異常な現象1

まず、 3次元Dirac電子系で何が起こるのでしょう。それを調べるため、山形大学で高価な液体ヘリウムを用いて4.2 Kの低温で、アンチモン濃度が3 %のBiSb試料で、磁場中の抵抗あるいは抵抗率を調べました(縦軸のMRは磁気抵抗と呼ばれる磁場中の抵抗率変化そのものです)。その結果、弱い磁場で抵抗率が直線的に増加する現象を観測しました。それが図9で、鋭く尖った結果です。ここでは、さらに、磁場の方向を電流方向に少しづつ傾けています(磁気抵抗の変化が小さくなる傾向を示すデータ)。このデータは、中国のWuhan京磁場研究所で再度取られたものです。以前、この現象は直線的なバンド分散を示す系特有の現象であることを明らかにしていいますので、 3 %のBiSb試料は3次元Dirac電子系であることがわかりました。その結果を、韓国のDaugu大学の金先生とPohang工科大学の金先生が理論的に数値計算されて、定量的な証明ができました。その結果が、物理学分野では最高峰の欧文誌であるPhysical Review Letters(PRL)に掲載可となりました。

(6) 低温で起こる異常な現象2

これだけならそれほど学術的価値はないのですが、 私たちの実験データを見て、 金先生たちは、非常に面白い結果であり磁場を電流方向に向けるともっと面白い結果が得られそうだと提案されました。通常は、磁場をそのような方向に向けても何も起こりません。言い換えると、磁気抵抗はゼロなのです。ですから、半信半疑で山形大学で実験しました。するとどうでしょう!非常に奇妙な現象が観測されました(図9の磁気抵抗にへこみがある現象)。常識的にはこんなことは起こるはずがないのです。この予想外の結果を金先生たちは見事に説明されたのです。簡単にいうと、 3次元Dirac電子系が磁場中でWeyl(ワイル)電子系に変わったのです。図10は実験結果(丸印)と赤線の計算結果を比較したものです。ただし、ここでは、磁気抵抗の逆数の磁気伝導度で表してあります。と言いますのも、磁気伝導度が計算しやすいからです。磁気抵抗と磁気伝導度の関係ですが、図9の磁気抵抗が下がり始める磁場付近が図10の磁気伝導度が上がり始める磁場付近に対応します。

実は、 磁気抵抗とともに重要なホール効果にもWeyl(ワイル)電子系になることによる現象が現れています。詳細は、近々掲載されるPRLの論文を見てください。

いずれにしても、地方大学である山形大学でも、 世界トップレベルの研究ができるという証明と思います。



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