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2022.03.18

研究ニュース

人工知能による薬剤の脳侵入予測

脳は,大切な器官なので,有害な化学物質が入り込まないよう,バリア機能[1]によって守られています。そこで,認知症治療薬を開発する際には,このバリアを超えて,薬を脳に届ける仕掛けを作る必要があります。取り組みの一つに,薬の候補となる化学物質がバリアを透過できるかどうかを人工知能に予測させるというものがあります。この方法がうまくいけば,動物実験の数を減らし,薬剤開発に貢献できる可能性があります。

既に,高い精度で予測できるようになったという報告もあります。しかし,既存の限られたデータを用いた評価であるため,今後開発される新しいタイプの薬剤候補に対しても有効な予測ができるよう,より優れた方法を探索する努力を惜しんではなりません。

 人工知能を用いたマシンラーニングという方法では,まずコンピュータに,数多くの化学物質が脳のバリアを透過可能かどうかについての情報(学習用データ[2])を学習させ,学習後のコンピュータに予測をおこなわせます。予測性能の評価は,学習に用いなかった化学物質(テスト用データ[2])について,予測が正しいかどうかで判定されます。多くの研究がなされ,高いスコアの予測性能も示されていますが,スコア[3]自身は,テストの難易度に依存します。すなわち,テストによく似たデータを学習させておけば,スコアは高くなります。

 一般には,手持ちのデータをシャッフルし,学習データとテストデータを均質にしておく方法がとられます。しかし,化学物質の多様性に比べ,既知のデータは少なく,偏ったものになっているため,手持ちのデータを均質に分けて良いスコアが得られたとしても,新しい物質群に対する予測がうまくいくとは限りません。そこで,テストデータをわざと異質のものとした難しい評価方法がとられることがあります。今回の研究では,故意に偏らせたデータを用いてバリア透過の予測をおこないました。結果として,同様に偏らせたデータを用いた予測の中で,最高スコアを記録し,最近報告された優れた予測と同等以上の性能を示すことができました。

 脳には,脂溶性の物質が浸透しやすい一方で,脳のエネルギー源である水溶性のグルコース(ブドウ糖)も輸送体によって脳に運ばれます。今回の研究では,水溶性でありながら例外的に脳に侵入できる物質の挙動を人工知能がうまく捉えたときに,優れた予測になることが示されました。

本研究の成果は国際学術誌「Molecules」に2021年12月7日付で掲載されました。

“Prediction of Blood-Brain Barrier Penetration (BBBP) Based on Molecular Descriptors of the Free-Form and In-Blood-Form Datasets” by Hiroshi Sakiyama, Motohisa Fukuda and Takashi Okuno

本論文は次のサイトにおいて,無料で閲覧,ダウンロードできます。

https://www.mdpi.com/1420-3049/26/24/7428

 

注釈

[1] 血液脳関門(blood brain barrier)と呼ばれ,脳中毛細血管の特殊な構造がバリア機能を担っています。

[2] 学習用データ(learning data)は,さらに訓練用データ(training data)と検証用データ(validation data)に分けられます。学習がうまくいったかどうかは,テストデータ(test data)を用いて評価します。

[3] 0.5~1の値をとる確率的なスコアが推奨されており,1に近いほど予測性能が高いことを示します。

脳に侵入できる水溶性化合物(左上はβ-グルコース)


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