Research
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パラオ共和国は、北緯7~8°東経135°、すなわち日本の真南、フィリピン・ミンダナオ島の真東の太平洋上に浮かぶ大小340の島々からなる熱帯の国です。パラオ諸島近海にはサンゴ礁に何重にも囲まれた穏やかな海が広がり、この海域は世界で最も海洋生物の多様性の高い、ダイバー憧れの地です。また、島々には熱帯雨林がうっそうと生い茂り、陸上生物の多様性も非常に高くなっています。また、南部の島々には、サンゴ礁が変化してできた石灰岩に囲まれた大小約70の海水湖があります。
山形大学理学部生物学科と地球環境学科のいくつかの研究室では、1998 年からこれまで、毎年パラオ諸島で大学院生の臨海実習や、野外調査・研究、海外特別研修を行ってきました。ここでは、パラオ諸島でどのような活動をしてきたのかを簡単に紹介します。
パラオ共和国は、北緯7から8°東経135°、すなわち日本の真南、フィリピン・ミンダナオ島の真東の太平洋上に浮かぶ大小340の島々からなる熱帯の国です。パラオ諸島近海にはサンゴ礁に何重にも囲まれた穏やかな海が広がり、この海域は世界で最も海洋生物の多様性の高い、ダイバー憧れの地です。また、島々には熱帯雨林がうっそうと生い茂り、陸上生物の多様性も非常に高くなっています。また、南部の島々には、サンゴ礁が変化してできた石灰岩に囲まれた大小約70の海水湖があります
パラオ諸島は、大陸とは一度もつながったことのない大洋島です。パラオ諸島は、約2,000万年前から200万年前にかけて、火山噴火の隆起によって洋上に北部の島が形成され、その周りにサンゴ礁が発達して、南部の石灰岩島群が形成されたと考えられています。また、氷河期の終わりに当たる約1万5千年前から5千年前にかけて、海面が約120 m上昇し、それにともなって海水が多孔質の石灰岩を通って島の窪みに流入し、多くの海水湖が形成されたと考えられています。このような島々の形成に伴って、陸上では植物の種子や鳥類、昆虫が飛んで来て定着し、独自の進化を遂げて、特有の陸上生態系が形成され、またサンゴ礁に囲まれた海や石灰岩島群の海水湖では、海洋生物が独自の進化を遂げて、特有の海洋生態系が形成されたと考えられています。したがって、このように太平洋上で地理的に隔離されているパラオ諸島で研究をすると、島の形成に伴う様々な生物の進化の歴史が明確にわかります。また、パラオ共和国の人口は約2万人と少なく、人々は飲み水が確保できる限られた一部の島にしか住んでいないため、ほとんどの島は無人島です。したがって、外来種が持ち込まれるなどの人為的な影響はあまりなく、手つかずの自然の中で生態系が維持されているので、パラオ諸島は非常に研究しやすいフィールドです。
パラオのコロール市には、戦前日本政府の南洋庁という役所があり、当時はパラオ人と同数くらいの日本人が移民し、互いに友好的に暮らしていたそうです。現在も最も人口が多いコロール市の市長の祖父は山形県山辺町の出身で、そのためコロール市長が先祖の墓参りに山辺町に来られたこともあります。また、戦前コロール市には日本の「熱帯生物研究所」があり、当時の日本を代表する多くの生物学者が赴任して、研究を行っていました。戦後、山形大学農学部教授となられた阿部穣先生もその中の1人です。このように、戦前からパラオは日本や山形と縁が深く、戦後1996年に独立するまでは米国領でしたが、現在に至るまで非常に親日的です。このためパラオ政府と交渉して研究許可を受けることは容易で、パラオ人スタッフらも大変親切で、私達の研究を強力にサポートしてくれています。
これまでの一連の海洋生物の研究では、以下のようなことがわかっています。魚類、クラゲ類、貝類では、島の外側の海と島の内部にある海水湖群の個体間では、たとえ生物学的に同種の個体であっても遺伝子型が大きく異なっています。同様に、異なる島の海水湖の間でも、生物学的に同種の個体間で遺伝子型が異なっています(Gotoh et al., 2009, 2011; Goto et al., 2011; Hanzawa et al., 2012)。また、クラゲ類では、海水湖の個体は外海の個体に比べて、形態は退化的で、遊泳運動も非常に鈍くなっています。これは、クラゲが潮流も波もない海水湖内に5,000から15,000年間隔離されているうちに、その環境に適応して起こった極めて特徴的な進化の現象です。現在も、これらの現象を細胞の微細構造や遺伝子レベルで解明するために、研究が続けられています。藻類や原生生物では、これまでパラオ諸島の外海と海水湖で未知の種が次々発見され、新種として学名が付けられました (Konno & Jordan, 2008; Yabuki et al., 2010; Ota et al., 2011; Horiguchi et al., 2011)。また、現在もパラオ諸島で未知の種の探索が続けられています。陸上の植物では、菌類と共生関係を保ちながら大洋島であるパラオ諸島でどのような固有の進化が起こっているのか、パラオ諸島に固有の種はいつ頃どこから来たのか、などをテーマとして研究が行われ、興味深い研究成果が出つつあります。なお、これら一連の研究は、山形大学理学部を中心として、筑波大、北大などの共同研究者も調査に参加して行われており、国内外の研究者から大いに注目されています。
多種多様な固有の生物が生息するパラオ諸島ですが、近年大規模な地球環境問題、人間の活動による問題も起こっています。パラオ諸島付近では、約12年に1度の周期でエルニーニョの影響によって干ばつが起こります。特に被害が酷かったのは、1997年から1998年にかけて起こった、半年間全く降雨がないという大干ばつでした。この異常気象により、海水温が異常に上昇して刺胞動物であるサンゴが大量絶滅し、また熱帯雨林の植物はほとんど枯死しました。その後気候が安定して、熱帯雨林は回復しましたが、サンゴ礁は未だに回復していない海域が多く残っています。また、パラオ諸島には世界中から観光客が来ますが、最近外海で潜水した観光客が体にイソギンチャクの幼生を付着させたまま、観光客に開放されている唯一の海水湖で潜水し、その海水湖には元々生息しない外来種のイソギンチャクが大量発生し、海水湖固有のイソギンチャクやクラゲが絶滅するおそれが出てきました。このような問題に対処するため、日本のJICAによって設立されたパラオ国際サンゴ礁センターでは、サンゴの増殖試験や大量絶滅した海域へのサンゴの移植試験、および海水湖に侵入したイソギンチャク外来種の駆除試験が行われています。海外特別研修に参加した生物学専攻の大学院生らは、パラオ国際サンゴ礁センターを訪問して、現地スタッフとJICAから派遣された日本人スタッフらに尋ねてサンゴ礁や海水湖固有種の保全対策の現状を調べ、また実際に現場である海域や海水湖へ行って、生物保全の活動を体験しています。