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2021.03.10
研究ニュース
二つの鉄(III)イオン(Fe3+)は,酸化物イオン(O2–)によって容易に橋かけされ,Fe–O–Feという構造が生じます。この構造は,赤鉄鉱や針鉄鉱などの鉱物から海産無脊椎動物の酸素運搬体[1]にいたるまで,広く見られます。ところがこのFe–O–Feの角度は85°くらいから180°までさまざまで,この角度の違いを含めた形の違いにより,物理化学的性質が変化したり,腎臓に対する毒性が現れたりすることがわかっています。
この研究では,Fe–O–Fe結合をもつ三つの物質を新たに合成し,形や性質を調べるとともに,関連する物質を含めた理論計算を実施することで構造を制御する因子の解明を目指しました。結論として,鉄周りに結合する他の原子団のかさ高さによる立体的な反発,ならびに原子団の間に働く水素結合などの相互作用によって角度や形が決まっていることが解明されました。
その他,本研究で取り扱った鉄(III)化合物の「電子状態[2]」には,複数の可能性があり,決定することが難しい場合があります。今回とり扱った物質も決定が難しい場合にあたりますが,構造,色,磁気的性質といった異なる三つの情報それぞれから「高スピン状態」と呼ばれる電子状態であることが見出されました。これら三種類の方法は,それぞれ単独で電子状態を決定することができ,関連する物質の性質解明に役立ちます。特に色の情報を精密に解析した点は本研究の特色です。
物質の構造は,電子状態を介して物質の性質と深くかかわっており,本研究で見いだされた構造制御因子は,分子レベルでの精密構造制御に役立ち,物質の機能制御に利用できます。また本研究で用いられた色情報による電子状態の特定方法は初めてのものであり,今後の発展と利用が期待されます。
本研究の成果は国際学術誌「Molecules」に2021年2月8日付で掲載されました。
“Structure Controlling Factors of Oxido-Bridged Dinuclear Iron(III) Complexes” by Ryusei Hoshikawa, Kosuke Yoshida, Ryoji Mitsuhashi, Masahiro Mikuriya, Takashi Okuno and Hiroshi Sakiyama
本論文は次のサイトにおいて,無料で閲覧,ダウンロードできます。
https://www.mdpi.com/1420-3049/26/4/897
単結晶X線構造解析によって調べられた鉄(III)化合物の構造. 中央部分にFe–O–Fe結合がみられる.
注釈
[1]海産無脊椎動物の酸素運搬体: 海辺の生き物であるホシムシ類や腕長類など海産無脊椎動物の血球,血漿には,ヘムエリスリンと呼ばれる鉄を含んだタンパク質があり,体内で酸素を運ぶ働きを担っています。
[2] 電子状態: 物質を構成する原子は,原子核と電子から成り立ち,物質や分子にはたくさんの電子が含まれています。この電子のふるまいの様子を電子状態と呼んでおり,鉄(III)イオンは環境に応じて「高スピン状態」,「低スピン状態」などの状態をとります。ここでいう「スピン」は,電子がもつ「スピン角運動量」に由来しています。